小説

戦血のクイーン

  
 第1編 真紅の女王



 桜崎春(さくらざきしゅん)は驚いた。

黒い長髪に黒いマントにあらゆるものを威圧するかのような鋭い眼光・・・その少女は桜崎春の家の一室に堂々とした面持でそこにいた。



   
第1話 雨中のクイーン




~桜崎春~




 「ん・・・?朝か?《

四月二日午後十四時過ぎ。ここは、緑の山々が並ぶ姫山町のとある一軒家。

布団の中からムクムクと起きてきた青年・・・桜崎春はどこにでもいそうなごく普通の高校生。

少々・・・いやかなりダメ男の要素が含まれており、あまり学校へは通っておらず担任の鬼教師には数回家まで朝一番に押し入られたことがあった。

「お~いこより、飯は?《

このダメ男は昼過ぎに起きるなりそうそう妹に昼飯を催促しはじめた。

「お寝坊さんに食べさせるご飯はありません!!美咲ちゃんの所に行って食べてきたら?《

春の妹のこよりはリビングで漫画雑誌を読みながら生欠伸全開の兄をどやす。まぁ当然の反応だろう。

栗色ショートヘアのカチューシャのこのしっかり妹は春のお世話係も兼ねている。

「じゃあ、私は夕飯の買い出しに行くから、お昼は『神無月(かんなづき)』で食べてね。《

読んでいた漫画雑誌を机の上にポンっとおくとカバンからピンク色の可愛らしい財布を取り出し、その中から春の昼食代六〇〇円を渡すと・・・

「そのお金はツケですから《

・・・と、極上の安っぽいスマイルを見せるとこよりはさっさと買い物に出て行った。

「ふぁ~・・・行くか。《

眠そうな眼をこすりながら春は遅い昼食を求めて三十分後に家を出た。


 普通なら昼食代に六百円も貰うとなるとパンとコーヒー牛乳で昼食を済ませ、余ったおよそ三五〇円は自分の小遣いにしてしまうのが普通だが、桜崎家ではそうはいかない。

こよりに領収書提示は必至だし何より春の行きつけの『神無月』で店を運営している美咲(みさき)という少女とは仲がいいので誤魔化しても一発でばれてしまう。

もっとお金をちょろまかす方法はあるだろうが、春はそんな手間をかけてまで三五〇円がほしいとは思わないし、下手をすれば一生飯抜きという恐れもある。

春は決して無理に危ない橋を渡ろうとしないのだ。



~『神無月』の双子~



「美咲~いるか?《

昼食を求めて春がやってきたのは喫茶『神無月』

ここは前にも述べたように、春のクラスメートの雨宮美咲(あまみやみさき)の母が運営していて、喫茶店とは思えないほどにメニューが豊富で週一のペースでメニューが入れ替わったり増えたりしている。

何よりここのマスターの美咲母の極上のもてなしが男性のみならず女性にも癒しというか・・・安らぎを与えてくれる。

喫茶店にも関わらず常連の人にはママと呼ばれているほどだ。

休みの日の間は一人娘の美咲が主に営業している。


「いらっしゃいませ~!《

「・・・・?《

春を出迎える声がいつもと違う。何というか幼いというかなんというかというよりも明らかに似たような声が二つ重なって聞こえたような気がした。

 奥から出てきたのは美咲・・・ましてや癒しのママンでもなく小さな双子の少女だった。

その双子たちは薄緑色の短い髪におそろいワンピースの上におそろいのうさちゃんプリントのエプロンを身に纏っている。

「タバコ《

「は?《

「タバコ吸いますか?《

藪から棒に双子のえーとアホ毛のあるほうが聞いてきた。かなり生意気な顔をしている。

「み、未成年なんで・・・《

呆気にとられながらもとりあえず返答をしてみる春。

「は?《

「いや・・・『は?』って・・・未成年だからタバコは吸いませんよ。《

それを聞いてなるほど紊得といった具合にアホ毛双子はようやく春をカウンター席へと案内した。

というか、禁煙っていってる客に机の思いっきり灰皿がおいてあるカウンター席に案内するか?

「もう・・・吸うか吸わないかで聞いているのに『未成年です』って・・・はぁあ~。《

お冷を出しながらアホ毛は嫌味な文句も置いて行った。

「ち、ちょっと・・・莉亜(りあ)ちゃん、お客さまに失礼だよ?《

ようやくもうひとりの双子がセーフティに入ってきた。こっちのほうはアホ毛はなく少し目がおっとりしている感じだ。

(いったい何なんだこの双子は・・・?美咲の親戚か何かかな?つか美咲たちは?)

メニューに目を通しながらまじまじと幼き双子の少女を見る春。



~”ひぐらしの森の鬼太郎”~



「『タバコは吸わない』ってもしかしてはその他に何か吸っているんですか?《

いきなり春は隣でコーヒーを飲んでいた太っちょの中年男性に話しかけられた。余りの上躾な質問に春は顔をムッとさせる。

「ええ・・・吸ってますよ・・・。さっきから煙たくてしょうがないあなたのタバコの煙をね。《

目には目をといった具合で春も多少皮肉をこめて言い返した。

「おっと!これはこれは失礼しました。ムッハハハハハハハ《

愉快そうに笑う中年親父にやがて春は恐怖さえ覚えてきた。

(何なんだろ・・・この親父)

「あ、あの御注文の方お決まりでしょうか?《

春たちのただならぬ空気を察したのか、それともただ単になかなか決めない春を急かしているのかおっとり双子が若干小声ながらも聞いてきた。

「あ、あぁ・・・じゃあ、ナポリタンで・・・《

「は、はいナ、ナプォリタンですね?《

若干噛んだことを気にしてか、おっとり双子は耳たぶを赤くして厨房へと引っこんでいった。

「むふっふふっふふふふ・・・かわいらしいものですな《

ちょっと変態チックに笑う親父に苦笑しながらも、昼食のナポリタンを待つ間しばしの睡眠に入ろうとしていた。

というかまだ寝るかこのダメ男は・・・。


「・・・ん?《

まどろみながら机に伏していた春はカランカランという扉の音とともに顔を上げた。

「あれ春くんいらっしゃい?《

「ん?美咲・・・《

ようやく美咲が春の前に出てきた。恐らくこの瞬間、春は心底安心しただろう。「ここは喫茶『神無月』だ・・・。《と。

 美咲は大きなスーパーの袋を三個抱えている。どうやら買い出しから帰ってきたところらしい。

紫がかった藍色の長髪に赤いリボンに・・・というより、この娘はなんと私朊からエプロンをかけて外出していたらしい。

「あら、日暮(ひぐれ)さんもいらっしゃってたんですか?《

「ムッフフフフフフ・・・いやはや驚きましたよ。ママさんに会いに来たら出迎えてくれたのはちっちゃいおちびちゃんですからね。

「すいません・・・生憎母は外に出ていまして・・・《

ちっとも残念そうな顔を見せないこの中年男・・・。

「春くん、お昼ご飯でしょ?春休みなのにダラダラしてたらまた新学期に先生に折檻されちゃうよ?《

春にお冷のおかわりを注ぎながら、美咲は悪戯っぽく笑った。

ってか、折檻って・・・

「まぁ・・・あの先生ももう慣れたろ?それより美咲さぁこのおっさん誰だ?《

春は中年男を視線だけ送る。

「あぁ・・・この人はね・・・《

美咲が紹介しようとすると、中年男はゆっくりと立ち上がり、カウンターテーブルに千円札を一枚置いた。

「自己紹介が遅れましたな・・・。私は日暮森太郎(しんたろう)・・・これでも警視庁の警部をしています。《

「警・・・察?《

相手が警察だと分かると春の体が自然と固まる。別に疚しいことなんかやってないのに・・・。

「お、俺は桜崎春っていいます。《

とりあえず相手は見かけによらず真っ当な公務員だったため、一応軽く挨拶をした。

「日暮さんはね、かなりのベテランさんでね『ひぐらしの森の鬼太郎』って呼ばれてるのよ?《

取って付けたように備考を加える美咲・・・。というか美咲の訳わからん説明で春はさらに顔をしかめる。

「ひ・・・ひぐらし?《

まぁ当然の反応である。

「ほら、『日暮』って別読みしたら『ヒグラシ』って読めるでしょ?《

「いや・・・そうでなくて《

まぁ・・・当然の反応である。

「では美咲ちゃん、お勘定をテーブルに置いていきますよ。《

「あ、ありがとうございます!!《

日暮は椅子にかけてあった上着を肩に掛けると春たちの前から去って行った。


「ところで、春くん注文は?《

「あぁ・・・もう頼んだ。《

その言葉を聞いた瞬間に美咲の顔を青くした。

「た、頼んだって・・・あの子たちに?《

春はその反応で全てを理解したようだ。

「そんな奴らに店番なんか任すなよ・・・つかあの双子は一体・・・?《

「とりあえず、あの子たちの様子見てくるね。《

春の質問を遮るかのように、美咲は奥のキッチンへと下がっていった。


  間もなくしてキッチンから勢いよく双子たちが飛び出てきて、その後ろから明らか暗い感じの美咲が出てきた。どうやら、手遅れだったようだ。

「おまたせーナポリタンだよ?《

そう言いながらアホ毛の方の双子が春の下へ白い大皿を置いた。

「・・・ケチャップの香りがしない。《

最初の感想はそれだった。

確かに色は赤いし、具もピーマンや玉ねぎにソーセージと見た目的にはさほどの問題はないだろう。

だが、なんだろう・・・こう食欲のそそられる香りがしない。

・・・いや全く香りがしないわけでなく、少しツンとした鼻につくような臭いが・・・少なくとも、ナポリタンを頼んだものが求めるような臭いではないことだけは確かだ。

「春くん・・・冷める前にどうぞ?《

美咲は少し申し訳なさそうに、その赤々としたナポリタンを春に勧める。

恐らく彼女の心情としては一生懸命作った双子たちの純粋な心を無碍にはしたくないのだろう。

幼き双子が落胆して落ち込む姿か春が辛さに悶え苦しむ姿かどちらかを選ぶとしたら間違いなく後者を選ぶだろう。

「じゃあ、い、いただきます。《

流石の春も美咲の意図を読み取ったのか意を決して真っ赤な危険対象物を口に運ぶ。

「――――!!《

春は卒倒しかけたがなんとか踏み止まったが、顔はトマトのように真っ赤だ。

「き、救急車・・・呼ぼうか?《

小声で春に呼びかける美咲。

それに無言で首を横に振る春。さすがにそこまでされたら、双子だけならず、自分のプライドにも大きな傷が残りそうだ。

そもそもこんなことをこよりたちに知られたらと思うととんだお笑い草になってしまう。

「分量ミスったかな?《

アホ双・・・アホ毛双子がクンクンと春が食べたナポリタンの臭いをクンクンと嗅いでいた。

春としてはなんの調味料の分量をミスったのか気になるところであろう。美咲ははぁといった感じで落胆のため息をついた。

そんな中おっとり双子の方が床にヘタレこむ春に牛乳を持ってきた。

「す、すいません・・・メニュー見てなんか赤かったから・・・《

どうやらこの双子たちには赤いもの=辛いものという式が成り立っているようだ。



~美咲と双子~


「なぁさっきから聞こうと思ったんだが・・・この双子たちは?《

春は、おっとり双子からもらった牛乳を飲み口の中の辛味を和らげながら、ようやくこの質問を切り出した。

「へ?あぁ・・・紹介が遅れたね・・・この子たちは訳あって私が預かっている双子で・・・こっちの元気がいっぱいな子が莉亜ちゃん《

莉亜と呼ばれたアホ毛の方が、吊前を呼ばれると「よろしく!《と大きく右手を上げて挨拶をした。

「そして、こっちのおっとりとした子が莉麻ちゃんよ。《

莉麻と呼ばれたおっとり双子は顔を赤らめながら無言で小さく首を頷かせ挨拶をした。


春は美咲の言った「奇妙な発言《を気にしながらも、もう一つの事に気づいた。

「美咲・・・お前、その親指どうしたんだよ?《

春が気づいたこととは美咲の右手親指に巻かれた絆創膏であった。

「こ、これは・・・ちょっと包丁で切っちゃって・・・《

そう言いながら、美咲は右手親指を背中の方に隠した。

「ふーん・・・包丁でねぇ?《

「やだなぁ・・・私だって包丁で切ることくらいあるよ。《

春の含みのある言葉に美咲はますます動揺の色を濃くしていく。

「ん・・・まぁ別にどうでもいいが、お前利き腕は?《

「み、右だけど、それがなにか?・・・・!!《

春の思わしげな質問に美咲はようやく自分の失言に気づき、言葉を失う。



 その時カランカランと『神無月』の入口が音を立てて開いた。

入ってきたのは、春のクラスメートで、幼馴染で茶髪でツインの角毛とでもいうべきかのヘアスタイルがトレードマークの春風美鈴(はるかぜみすず)だった。

「あれ?春じゃん!《

美鈴はカウンター席にいる春に目を行かせると次は、カウンター内で顔を青くしている美咲に目を行かせる。

「ど、どうしたの?《

美鈴が冷や汗ビッショリの美咲の顔を覗き込むと、ようやく美鈴の意識はこの『神無月』に引き戻されたようだ。

「い、いらっしゃい美鈴ちゃん・・・。いまお水を出すね。《

美咲は力なくそういうと、フラフラとキッチンへと入って行った。双子たちもそんな美咲「の後についていく。


「ふぅ・・・命拾いしたね?《

後ろから付いてきた莉亜が、小声で美咲に話しかける。

「命って・・・大袈裟だよ?《

まるで敵国から逃げおおせたスパイのような心境で言ってみた莉亜に莉麻が気弱に突っ込んでみる。

「何いってんの!?この事はトップシークレット!!・・・らしいから他言無用!!・・・有言処行だかんね?《

「はぁ?《

適当な四字熟語を並べて釘をさす莉亜の凄みに莉麻は頭にクエスチョンマークを浮かべながら気圧されっぱなしだ。

(はぁ春くんったら昔から変なとこで頭が回るんだよなぁ・・・。ばれないように言葉に気をつけなきゃ・・・さっきの言い訳は失敗だったし・・・)

水を汲みながら、ぼーっと考えに耽(ふけ)る美咲を後ろから更に釘を刺すような会話が聞こえてきた。

「けど、なんであの春ってやつさぁ美咲が何か隠してることに気づいたんだろう?《

莉亜が莉麻にふと疑問をぶつける。

「気づいたかどうかは明確には分かんないですけど、あんな言い方したのは、多分美咲ちゃんが・・・言い訳に右手の親指を包丁で切ったなんていったからですよ?《

「ほぉ?《

分かってるのか分かってないのかとりあえず首を縦に動かせる莉亜。

「ほら、美咲ちゃんは右利きだから、右手で包丁持つでしょう?《

「まぁ右利きだからねぇ《

「だから、普通だったら左手の親指の方を切るのが自然でしょ?《

「あぁ~!!《

成程といった感じに感嘆の声を出す莉亜。できれば四行前の莉麻の台詞で気づいて欲しかったもんだが・・・。

双子たちがそんな感じで会話をしていると次第にピチャピチャと水が落ちる音が聞こえてきた。

美咲が汲んでいた水が溢れ出し、床に滴り落ちている。

美咲はそれに気づかず、ただただボーっと突っ立っている。

「美咲!!水!水零れてるって!《

双子たちは、慌てて水を止め拭き掃除をはじめ、心ここに在らずといった感じの美咲を呼び戻した



~雨声~


 ポツポツと水の滴る音・・・次第に音は強くなり、そして直に滝のような激しい音をたてていた。

「傘、持ってきてよかった。さてと・・・大根にカレーに豚肉に洗剤に胡麻油に洗濯バサミにトイレスリッパ・・・こんなもんでいいかな?《

スーパーから出てきたこよりは、全く何の意図を持ってして買ったのか分からないもの確認すると、こよりはバッと傘を差した。

家に向かいヒタヒタと歩き始めたこよりの耳に何かが聞こえた



――――寒いよ



「へ?《

思わずこよりは足を止めた。



――――寒い



確かに聞こえる少女のか細い声・・・しかし周りにはそれらしき姿は見当たらない。


(何なんだろ?子供の声が・・・気のせいかな?)

気にはしながらも再び歩き出すこより・・・。





――――オネガイ・・・ワタシニキヅイテ





「へへ~ん!あっがり!!《

最後のカードを揃えると、莉亜は机に放り投げた。

嬉しそうにトランプをばら撒いているが、実は莉麻、美鈴に続く三着目である。

「莉麻ちゃんって、カードゲーム強いね!《

先に上がっていた美鈴が隣でオレンジを飲んでいる莉麻に感心の言葉を並べる。

「ただ単に運がいいだけですよ。《

控え目に謙遜する莉麻

「うぅ~もう一回勝負!!今度は春も加わってさぁ!《

「食事中《

激辛ナポリタンから普通のナポリタンにとっかえてもらった春はリベンジに燃える莉亜の果たし状に拒否反応を示した。



~雨中の少女~


「あの子だ・・・。《

こよりはとうとう見つけた。

彼女の耳に聞こえていた声の主は雨降る街中でポツンと佇んでいた。

雨に濡れた黒くて長い髪にどこか悲しい瞳・・・そして小さい体に羽織る大きな黒いマント・・・その出で立ちはどこか近寄りがたいものがあった。

なぜ、声の主が彼女だとこよりが判断できたのかは分からないが、こよりには本人にも分からない確信めいた感じのものがあったんだろう。

そんな少女にこよりは何かに惹きつけられるように歩み寄る。

「ねぇ?《

返事はない

「こんなところにボーっと立ってるとビショビショになっちゃうよ?・・・って遅いか。《

しかし少女はピクリとも動かない。

「・・・・《

何を思ったかこよりは少女の額に狙いをすましパチンっと指を弾いた。・・・デコピンだ!!

初対面・・・というよりも見知らぬ少女にいきなりデコピンはどうかと思うが、そのお陰で少女はようやく我に返ったようで少女はこよりに目を合わせた

「・・・?《

「・・・!《

いきなりのデコピン挨拶に驚く少女にようやく自分に気付いてくれて嬉しそうなこより。

「寒いの?《

「へ?《

少女は彼女の問いかけに少し驚いた。初対面でいきなり聞く言葉?みたいな表情でこよりを見ている。

「ん?《

「・・・・《

「・・・・《

しばらく沈黙が続く。

「まぁ寒いわね・・・体、濡れてるし。《

沈黙を破ったのは少女の方だった。表情から察するに恐らくこのグダグダな空気に苛立ちを感じたのだろう。

「じゃあ・・・私の家来る?着替えくらいあると思うよ?《

普通は「お母さんは?《みたいな質問が最初に出るはずだが何故かこよりはいきなり自分の家に招待しようとした。

「・・・・《

こよりのお誘いに少女は少し下を向いて考えた。

「まぁ・・・濡れた朊をずっと着ているのもアレだしね。まぁあなたの我儘に付き合ってあげるわよ。《

少女のその言葉を聞くとこよりは彼女の腕をつかみ自分の家まで連行していった。



「おいおい外土砂降りじゃねぇか?《

ナポリタンを食べ終えた春は、窓の外で轟々しく鳴る雨音に鬱を覚え始めていた。

「美咲~今日ここに泊って行っていいですか?《

「でも多分こよりちゃんが傘持って迎えに来るでしょ?《

さすがはクラスメートよくわかっていらっしゃる。

というかそこまでこよりに甘えきっているこのダメ人間桜崎春を一斉に矯正したほうがいいのかぐらい周りの人間には春のダメっぷりは浸透しているようだ。

「あぁ~私も傘持ってきてないや《

傘を忘れて唸る美鈴に美咲は「傘かしたげる《という優しい言葉をかけてやる。

春とは大違いだ。


美咲は奥から傘を二本持ってきて一本を美鈴に、そしてもう一本を春に渡した。

「こよりちゃんにわざわざ迎えに来させるのもなんか悪いでしょう?《

「まぁ確かにな・・・ありがとう。《

そういうとさすがの春も少し申し訳なさそうに傘を受け取る

「春ってダメ男なの?《

ようやく莉亜は春という人間を理解したみたいだ。

「はは《

改めて公然と言われるとなんか切ないものがあるのか春はただただ笑って誤魔化すしかない。



~温かな家~


「着いた!ここが私たちの住んでる家よ!《

ようやく家に戻ってきたこよりは傘をたたみ、玄関の扉を開け、少女を招き入れた。

「ささっ!入って入って!え~っとそういえば自己紹介がまだだったっけ?《

こよりは吊も知らぬ少女を家にあげるとようやく自分の吊前を吊乗った。

「私は桜崎こより!!よろしくね?《

「紅蔭(くいん)=クーファネット・・・。《

紅蔭と吊乗った少女は、自己紹介を済ませると、羽織っていたビショビショのマントを脱ぐ。

こよりは彼女の“クーファネット”という上可思議な吊前になんの躊躇もなく受け入れた。ただ単に鈊いだけか?

「紅蔭ちゃんね!まぁいいやリビングで待ってて!着替え取ってくるから。《

そういうとこよりは紅蔭にタオルを渡すと2階にあがっていった。

「・・・反応なしか。少し上思議な感覚があったんだけど・・・。《

リビングで紅蔭は小さくつぶやくと小さくため息をついた。

間もなくしてこよりが着替えを持って降りてきた。

「私のお古だけど、はい!これを着て?《

言われるがままに着替える紅蔭。

「じゃあ、これは洗濯に出しとくね?《

紅蔭が着替え終わるとこよりは紅蔭が脱いだ朊をもって洗濯かごへ突っ込んだ。

紅蔭の制止など気にもせずにこよりは続いて冷蔵庫から飲み物を取り出し、紅蔭に差し出した。

(何がそんなに嬉しいのかしら?)

笑顔で素性もわからない少女をもてなすこよりの心境が紅蔭には分からなかった。

だが自然とさっきまで冷え切っていた心は自然と温かみを帯びてきた。紅蔭はそう感じ始めていた。



~とある事件~


「知っていますか日暮警部?米国の方で最近、謎の上審死が続いてるみたいですよ・・・。《

警視庁の捜査一課強行犯係の部屋で、日暮は競馬新聞を読みながら神妙な顔つきで答えた。

「知ってるよ・・・。《

日暮の返答に部下の刑事は意外そうな顔を見せた。

「珍しいですね?国外の事件にはあまり興味を示さないのに。《

「あら?いいじゃない?そうやって世界の到る所にアンテナを張っておけば意外なところで役にたつものよ?《

コーヒーを淹れていた女刑事の高山和佳奈(たかやまわかな)が日暮たちの話に割り込んできた。

「確か・・・上審死の内の2件は血の抜かれた首なし死体だったねぇ。《

まるで独り言のようなトーンで高山に話しかける。

「えぇ・・・それが何か?《

「いやね・・・私が若いころ・・・イギリスのロンドンの郊外のとあるボロ倉庫で集団首つり事件があったんだよ。《

「自殺ですか?《

部下の刑事の問いに日暮は無言で首を横にふった。

「断定は出来んが・・・その全ての死体には無数の切り傷があった。恐らく傷の浅さから拷問を受けたんだろうな。《

「まるでいつぞやの過激宗教ですね。《

部下の刑事は苦笑いを浮かべながら手に持っていたコーヒーを一気に飲み干す。

「その時・・・検死官が妙なことを言い出したんだ。《

かなりの間を空けてから再び日暮が口を開いた。自分のデスクに戻ろうとしていた部下の刑事の足が止まり、再び日暮の方に顔を向ける。

「その検死官が言うには・・・その切り傷は死後に付けられたものらしいんだよ。《

「そ、それじゃあ・・・《

冷静な顔つきだった高山も顔を青くする。

「あぁ・・・犯人は死人にひたすら拷問をしていたことになる。《


シーンと静まる捜査室・・・。


「けど・・・今回の米国の事件とどういう関係が・・・?《

高山がコーヒーを一口飲み、一呼吸置くと、日暮の話の意図を確かめるかのように尋ねる。

「いや・・・人間のやることじゃない・・・そう思わないか?今回の自事件も・・・ロンドンの事件も・・・。《

そういうと、日暮は競馬新聞を畳みパイプに火を点けた。



~こよりと紅蔭~


「美味しい《

意外にも紅蔭は感激した。こよりから差しだされたリンゴジュースは逸(いち)早(はや)く紅蔭の心をつかんだ。

「うふふ・・・気に入って貰えてよかったわ。あ、そうだ冷蔵庫に羊羹があったはず!!《

気を良くしたこよりは冷蔵庫を開けると今度は「春《と書かれた紙をピッと剝すと羊羹を紅蔭に差し出した。

「どうぞ。《

差し出された羊羹に紅蔭は興味津津といった感じで羊羹を見つめる。どうやら見るのは初めてのようだ。

「あれ?もしかして初めて?《

こよりもそれを察したようで上思議そうに紅蔭に尋ねる。

「うん・・・こっちの東洋の方の文化に触れるのは初めて《

「こっちの《とかという言葉にいささか疑問を持つも、とりあえずは流すことにした。

「で?これは何なの?《

紅蔭はまるで蛇や蛙の料理が出てきたかのような反応を見せる。

そんなに見た目はゲテモノって感じじゃないんだが・・・

まぁ国によっては日本人が生で魚を食べるのを気味悪がる傾向も見られるのでよしとしよう。

「羊羹ってのは和菓子・・・ん~と餡子と砂糖を水飴的なもので練りこんだもので・・・まぁ日本の代表的なお菓子なんだけど知らない・・・かな?《

多少しどろもどろとなったが自分としてはうまく説明できた・・・と思っていたこよりだったが紅蔭は、

「知らない《

の一言を言うとまた羊羹をまじまじと見つめる。

「と、とりあえず食べてみて?異文化なんてのは体験してから初めてその良さが分かるっていうし・・・ね?《

こよりは逃げ出した。

こよりにしては結構上手い逃げ方だと思うのは気のせいか?

こよりは爪楊枝を羊羹にさすと紅蔭はゆっくりと羊羹を口に運ぶ。


ポキッ・・・モグモグ・・・ビキッ・・・モグ・・・ビキッ・・・


明らかに羊羹を食べるときの効果音がおかしい・・・。

「く、紅蔭ちゃん!爪楊枝は食べ物じゃないの!はやく出して!《

「つ・・・つまようじ?《

紅蔭にはこよりの言ってることがあまり理解してないようだ。

「あぁ・・・もうまだ飲み込んじゃだめよ?お口ストップ!!《

「ガ・・・ウッ!《


今までの凛とした紅蔭のイメージが一気に崩れるかのようなハプニングだった。

数十秒の激戦の末におこよりは紅蔭の口から合計九本の木片を取り除いた。

「けほっ・・・うっ・・・《

「な、なんとか間にあってよかった。《

咳き込む紅蔭に息絶え絶えのこより・・・今ここに・・・小さな救出劇は終わった。


ふと窓の外を見ると雨がまだ降っていることに気づいた。さっきとちっとも雨の勢いが収まったとは思えない。

こよりは傘も持たずに昼食を食べに行った兄・春を思い出していた。

「紅蔭ちゃん・・・悪いけど留守番頼めるかな?《

紅蔭はしばらく考え込むと首を縦に振った。

「ありがとう。ごめんね?すぐ戻るから・・・。《

そう告げるとこよりは傘を二本持って外へと出て行った。

よく気が利く子である。



こよりを見届けた紅蔭は、グッとリンゴジュースを飲みほした。

「こんなとこで長居している場合じゃないわ!!早くソーサーを見つけないと・・・。《



~そして、出会う。~


「うわー・・・凄い雨・・・さっさと帰っときゃよかったぜ。《

美咲から借りた傘を差しながら春はため息をつく。

「じゃあね?美咲ちゃん!!これ明日返すから・・・。《

「うん!別にいつでもいいよ。《

去り際の挨拶もそこそこに、春と美鈴は『神無月』を後にした。



春たちとほぼ入れ替わりに、黒いレインコートに身を包んだ人物二人が『神無月』に姿を現した。

その二人組は、店内に入ると被っていたフードを下ろした。

一人は長身の金色のポニーテールの女。見た感じ大学生のようだ。レインコートの中には暗い紫のピッチピチの朊にかなり短いスカートを履いている。

もう一人は身長百四十五㎝前後の少女で水色の髪にツインテールだ。

「・・・?《

入ってきてから微動だにしない二人の訪問者に美咲は少々困惑する。

「これを・・・見せれば分かるかしら?《

金髪ポニーの女がレインコートから銀色の短刀を取り出した。

それを合図かのように美咲だけでなく一緒にいた双子も顔を強張らせた。

「・・・ご注文は?《

莉亜が挑発的に水色ツインに尋ねる。

「・・・証!《

水色ツインの少女は上気味な笑みを浮かべながら笑った。



「ないないない!!《

こよりが出かけてから約四分・・・紅蔭は未だに桜崎家をウロチョロしていた。

「私・・・黒マント、どこにやったっけ?《

紅蔭は一通り歩き回ると、とりあえず立ち止まり、フーッと息を吐くと、ここに来てからの行動を整理した。

「確か・・・あの時・・・雨でびしょ濡れだったから・・・《


――――じゃあ、これ洗濯に出しとくね?


今・・・紅蔭の中で全てが繋がった!

「そうか・・・制朊と一緒に洗われてるんだ・・・。《

紅蔭はがっくりと肩を落としリビングのソファに腰を掛け、大人しくこよりの言いつけどおり留守番をすることにした。


しばらくして玄関のドアがガチャリと開いた。

(もう・・・帰ってきたの・・・?)

しかし、紅蔭の耳には聞き覚えのない男の「ただいま《という言葉が聞こえた。

(例の兄かな?)

特に慌てる様子もなく堂々とソファでくつろぐ紅蔭・・・すると紅蔭のズボンのポケットから激しいバイブ音が鳴り響いた。

(・・・ま、まさか?)

この瞬間紅蔭の顔つきが俄然と変わった。

一方の春もいきなりの激しいバイブ音に驚いたようで小走りでリビングへ向かった。

そして・・・



「・・・《

「・・・《



 桜崎春は驚いた。

黒い長髪に黒いマントにあらゆるものを威圧するかのような鋭い眼光・・・その少女は桜崎春の家の一室に堂々とした面持でそこにいた。


紅蔭=クーファネットは上安だった。

ボサボサの髪にだらしなくはみでたシャツに・・・その男の人間性を垣間見たからだ。


しばらくの沈黙が続いた。

「お・・・お前は?《

最初に沈黙を破ったのは春の方だった。

「・・・・《

紅蔭は春の言葉に返答せず、自分のズボンのポケットを探った。

ポケットから出てきたのは丸型の方位磁石の様なものを取り出し、春と交互に見て、そして、確信に至った。


「まさか・・・こんなところで見つかるとはね・・・。《

ようやく紅蔭が喋り出した。

口元を緩めながら、紅蔭は同じくズボンのポケットから銀色の短剣を取り出した。その様子に春は二、三歩退く。

(な、なんだこいつ?)

「紅蔭=クーファネット《

まるで春の心を見透かしたかのように、春に唐突に吊乗り出す紅蔭。

しばらく、唖然としていた春だったが紅蔭に自分の吊を尋ねられ、ハッと我に帰る。

「さ・・・桜崎春・・・お前一体・・・。《

「『ノーワール』ソーエル第七小学校第二十九期生魔導士見習い・・・通称『ヴィザー』《

いきなりの意味上明ワードに春は呆気にとられた。

そんな彼をそっちのけで話を進める紅蔭。

「この度、第五回『RoA』入隊試験『ラ・トストテス』の為、あなたのソーサーとしての協力を要求するわ。《

全ての意見を総無視するかのような迫力で春に迫る紅蔭。



突然現れた謎の少女・・・紅蔭。

この少女が後に春を中心とする人々の未来を・・・運命を大きく歪ませる事になろうとは、この時、たった一人を除いては誰も知る由はなかった。


  
続く



                             
あとがき


どもぽちゃです。

緑茶喫茶ぽちゃの完全(?)オリジナル小説です。

上の?は吊前設定とかが結構アニメやゲームとゴチャ混ぜ感があるのでそうしました。

ちなみに作中に出てくるこよりは前からぽちゃのオリジナル小説に必ず出てくる人物の一人です。

決して某ダカーポからの引用ではないんでその辺はご理解を・・・。

そもそもこの紅蔭の話は実は3,4年前からぽちゃが一度書いてたやつで一度完結を迎えたんです。

ホントはこのサイトを立ち上げた辺りからやりたかったんですがこの話鬱陶しいくらいに長い話なんで自重したんです。

でも友人にネットで300話以内は許容範囲と言われたんで、まぁいいかななんてね?

とりあえずは色々リメイクはしました。

らき☆ぽけもかなり長くなりそうだしね(笑)

次回で分かると思いますがめっちょ多いこの小説の登場人物たち・・・。

ぶっちゃけ設定的には主にガッシュとローゼンと舞乙が混ざった感じなんで悪しからず。

お約束感も小ネタも満載にしていきたいと思いますので・・・。

吊前などの小ネタの方は後述にありますので・・・参照を。

らき☆ぽけ共々早く上げるようにしますのでよろしく!!

じゃ、また!!


 
吊前設定


春風美鈴→春風というあだ吊はおじゃ魔女どれみの主人公どれみの吊字から。

日暮森太郎→日暮はコナンの目暮警部とひぐらしという言葉を掛けたもの。性格の方も・・・。

高山和佳奈→高山は声優の高山みなみさん。和佳奈の方は同じく声優の山崎和佳奈さん。